ゆず&あずトーク
何故兄弟喧嘩の時上の子を怒らなかったのか...
ゆずからバトンを渡されたので、それではお答しましょう![]()
なんて 偉そうにいうほど覚えていないのです。
何しろ20年近くも昔の話です。長男がそんなことを言っていたなんて![]()
どちらかと言えば
何故兄弟げんかをした時に上の子を怒るのかがわかりません![]()
我が家の場合は、ちょうど2歳差の兄弟です。
ということは、どちらも大差ない子供なのです。
これが10も20も年の差があるなら、「年上が、なに訳のわからないことをしているの
」と
怒ったかもしれません。
イエ
それでも やみくもに頭ごなしに怒ったりしないでしょうね。
そんな年の差のある子を泣かすほどの何があったのかを聞くでしょう。
だから
子供たちが小さい時も泣いたほうが、一方的に酷い目にあっているとは思わないし、
泣かせたと思われるほうが一方的に悪いとも思えないのです。
何かの理由があって、そんな結果になったのだと思うのです。
そんなこと言ったって…
夕方の忙しい時にギャアギャア泣かれてまとわりつかれても とか
人前でそんな恥ずかしいことをされたら困る とか、
お兄ちゃんお姉ちゃんなんだからママの気持ちを少しはわかってくれても とか
こちらだって人間です。そんな風に思うのもわかります。
でも、親は20年以上は子供の先輩です。ここは、自分の気持ちを少し横において
何故喧嘩をしてしまったのかを聞いてあげてみましょう。
すると思いもかけない答えが返ってくるかもしれないし、
どう聞いても理不尽なこともあるかもしれません。
そうしたら、ゆっくりそこから怒ればよいのです。
親も子も少し時間をおいたことでチョッピリ落ち着くことができるでしょ![]()
ところで
親はいつも自分の気持ちを抑えて我慢しなければダメってことなのね
なんて思わないでください。
親も自分の気持ちをいつも発していれば良いのです。
イライラしている時に・ついでに というのではなく…
こんなこと言ったりしないですか?「だいだい いつもそうなんだから
」
「この間も言ったでしょ
」「もういい加減にしてよ
」
子供は、『いつも?』『この間?』『いい加減ってなに?』わけのわからない言葉にひっかかって
何を怒られているのかわからなくなってしまうです。
そして また同じことを繰り返してしまう。 効果的ではないですよね。
子供の分かる言葉で話せば、子供も理解してくれます。
それと同時に子供の言葉もわかってあげてください。
これでは、答えになっていないでしょうか。
まあ、本音を言えば
『どちらも愛するわたしの子供なので一方的に悪いのはどっちと
どうしても思うことができない。』のです。
ごめんなさい…また次回に続いてしまいす![]()
兄弟げんかでは何故、上の子が叱られるの?
今日の夕方、
買い物をしていると、突然、子供を怒鳴る母親の声と子供の泣き声が聞こえてきました。
「お姉ちゃんでしょ?どうして弟を泣かせるのよ!
」
泣き叫ぶ弟のそばでお姉ちゃんはうなだれるように下を向いています。
お母さんの気持ちも分かります。
毎日の子育ては大変ですもの![]()
せめて上の子は、少しは分別のつく年なんだから協力して欲しいのも無理ありません。
それでも何故、弟や妹と揉めると上の子が怒られるのでしょう?
昔から私は気になっていました。
私は一人っ子でしたし産んだ子供も一人なので、
そんな経験はありませんでしたが、よく周りでそんな情景を見聞きしていたので、
そんな場面に遭遇するたびに釈然としない気持ちで上の子供に同情していたものでした。
そうそう、そう言えば・・・
まだ子供が小学生だった頃のことです。
うちの息子と、あずの息子くんは仲良だったので、よく我が家に遊びに来ていました。
そんな ある日のこと、あずの息子くんがこう言ったのです。
「おばさん、ボクのお母さんはね・・・
ボクが弟とケンカして弟を泣かしたとしても、絶対にその事でボクを怒らないんだよ。
友だちが怒られた話を聞くたびに、ボクのお母さんスゴイと思ってるんだ。
ボク、お母さんのそんなとこ、好きなんだ
」
話しの前後は忘れてしまいましたが、
突然、彼が私に話し始めたような記憶があります。
その頃はまだ、将来こんな私たちになるなんてお互い思ってもみなかった頃のことですが![]()
あずには3人の可愛い(いえ、昔は可愛かった?
)子供がいます。
その3人は、何て言うか・・・ それぞれが自分らしく成長しているのです。
まるで一人っ子が3人いる?みたいな・・・
誰にも遠慮しないでそれぞれを主張する・・・
あずも、それぞれを平等に愛して・・・
いえ、違うかな?
平等ではなく、それぞれ一人に100%の愛情を注いでいる・・・
私が子供たち3人それぞれに、
「お母さんは3人の内、誰を一番愛していると思う?」と聞いたら
多分ですが、3人とも「自分!」と答えるのではないでしょうか。
そんな育ち方なのです。
そして、3人とも仲が良く、とっても良い子たちです。
私は自分も息子も一人っ子なので、その辺のことはよく分かりません。
でも多くの家庭で、長男長女が理不尽な叱られ方をして来ていると思うので、
突然ですが、ここは一つ、あずの意見を聞いてみたいと思います。
【質 問】 『何故、兄が弟を泣かせても、兄を怒らなかったの?
どうして皆、遠慮しないで自分らしく伸び伸びと育ったの?』
この際、あずさん流 “子育ての秘訣” を語って貰いましょう! ![]()
それでは、次回を楽しみにしています![]()
笑顔
スーパーで買い物をしていると、元気な声で「こんにちわ
」と声をかけられました。
驚いて声の主を見ると、子供が小学校5年の時の同級生のお母さん。
物凄い笑顔です。あまりの笑顔ですぐには誰だかわからなかったほどです。
そんな笑顔だったら、さぞかし懐かしい話でもして
長い立ち話をしているのじゃないかと思いますよね。
でも違ったのです![]()
物凄い笑顔で「こんにちわ
」と言った後は、さっさとその場を離れて行ったのです。
私から声をかける間もない程の速さでした。
以前は、甲高い声で長々とお話
が続いたものだったのですが…
そして、私は彼女の笑顔から『これ以上話しかけないでね
』という
無言のメッセージを感じたのです。
これを非言語的メッセージといいます。
私は、彼女の態度を『私のことを嫌っているのかしら?』とは受け止めませんでした。
『今は、話の出来る状況ではない。』と言っているように感じられたのです。
(まあ、真実かどうかはわからないのですが…
)
私のような経験を重ね、年月を過ごしてきた者(簡単に言うとおばさんということです。)
にそんな態度をする分には、まだ良いのですが…
例えば、子供に対してニコニコ笑いかけながら受け止めているように見せて、
違うことを考えていると、子供は特に敏感に察知します。
そして、自分は愛されていないんだ
と考えるようになるのです。
言葉で示すのとおなじくらい、時にはそれ以上に沢山のことを態度は語ってしまうんですね。
笑顔も目が笑っていないから怖い
とか、よく聞きます。
いつ会ってもニコニコしていると、そういう顔なのかなとも思えるし、
だからって、ムスッとしている
と感じ悪いし、
いつもムスッとしている人が時折ニコッと笑ってくれるとホットします![]()
コミュニケーションって難しい。
でも、魅力的な人は喜怒哀楽を適度に示してくれる人ですよね。
背中のコブ手術
5月の終わり頃、沖縄に行く少し前に
背中に出来た小さなコブの様なものがパンパンに腫れて痛み出したことがありました。![]()
以前『麻酔なしはイヤ!』という題でブログにも書いたので、ご記憶の方もいらっしゃるかな?
結局、麻酔をかけて頂き、手術も無事終わりました。
以前のブログにも書いた、
「絶対に麻酔は使わない!医者生命にもかかわるから」とおっしゃった
勇ましい女医さんの所へは、結局2度と行きませんでした。
「あなた、子供産んだことある?」 「それなら大丈夫!我慢出来るわよ
」
「私がギュ~っと絞ってあげるわ、痛いわよ~
」
・・・ 私は脅されるのも好きではありません。![]()
そこで次の日、いつもお世話になっている内科医の先生に相談しました。
実は、そのとき巻爪の再発という有り難くない問題も抱えていたのですが、
背中も巻爪の問題も一緒に解決出来る病院があるというのです。
そこは巻爪治療では有名で評判も良く、
医者の目から見ても信頼のおける病院だと紹介されました。
名前は『スマイル皮膚科』 ・・・ そうなんです!その病院は皮膚科だったのです。
そこの院長先生はとても優しく親切で、私の質問にも丁寧に答えてくれました。
麻酔は10万人に1人ぐらいショック死することがあり、
皮膚科医は、そのときの蘇生処置の講習を受けていないので、
もしもの時に対処することが出来ない。
だから皮膚科医は皆、出来るだけ麻酔を使わずに済ませたいのだとも。
でもそこの皮膚科では、
土日に日大病院や北里病院から優秀な形成外科医に来てもらっているので、
「ゆずさんは、その先生に診て貰いましょう。
そうすれば麻酔もかけて手術をしてもらえますよ
」 大喜びで私は従ったのでした。
背中のコブの病名は『粉瘤』(ふんりゅう) 結構ポピュラーなので経験ある方も多いかも。
こぶとり爺さんのこぶでしょうね。
中に袋があって、その中に垢やら油やら?が詰まっているのだそうです。
「やだぁ~、私ちゃんと体洗ってるのに
」 ショックですよ、やっぱり![]()
そして、めでたく麻酔のお蔭で全く痛みを感じずに手術が終わったのでした。
ただ、それは沖縄へ行く2日前のことだったので、
毎日、ホテルであずにクスリをつけて貰っていました。
以前、カウンセリングの授業で医大の教授から習った事があるのですが、
「病院に来たとき、ほとんどの患者さんは 自分がどうして欲しいのかを言わない」と
言われたことがあります。
「それでは医者は困るんだよね、どうしたらいいのか分からないから。
自分の身体なんだから、どうして貰いたいのかキチンと伝えなきゃダメだよ」
なるほど、全てが自己責任・・・ ![]()
「自分を守るのも管理するのも私なんだ!」と妙に納得したのを覚えています。
今回のことで、私は自分を守って違う病院を探して良かった!と心底思っています。
自分が納得しない限り、どんなに痛くても手術はお願いしないつもりでした。
そして巻爪も無事、何の痛みもないまま手術が終わりました。
ただ、1か月後くらいにもう一度背中の手術をする予定です。
中に出来た袋を摘出しないと、また再発する恐れがあるからです。
もし、私と同じような症状で病院を探している方がいたら・・・
私のお世話になった病院をおススメします。
西所沢駅前の「スマイル皮膚科」 ・・・だけど・・・![]()
近くにお住まいの方でないと無理ですよね。 お近くの方は是非!!![]()
結局、心も身体も私が自分に責任を持つ!
自分が守ってあげないと、誰も守ってくれないですものね!
ところで・・・
近々、背中をゴシゴシ洗える柄の長いブラシを買うことに決めました。![]()
また出来ちゃ困るから・・・ 「ね!あずさん、ハンズ行こ!![]()
」
慣れ
沖縄旅行で奇跡的なことがおこった私たち![]()
今までも沢山の奇跡的な経験をしてきたのですが、
過ぎてしまうと当たり前のことのように思えてしまうほど
簡単に慣れてしまう私たちです。
これからは、そんなことがないように身をひきしめましょう![]()
と決意したのです。
ところが…
心も簡単に慣れてしまうように、身体も結構簡単に慣れたりするのでしょうか。
つい、先日 渋谷に出かけた時
のことです。
20数年 外反母趾をかかえて生きてきた私
しかも それを、昨年気付いた私ですが…
昨年から外反母趾矯正グッヅなど買い集めたりしたのですが、
大した変化もなく過ごしてきました。
まあ、普通に靴をはいても時々痛むくらいで
『何か悪い病気かと思っていたけれど、この痛み
外反母趾だったのね。』
なんて 結構喜んだりもしていたのです…
つい先だって買った外反母趾用パンプス
が、
なあんと とても快適で
一緒にいるゆずに「これが全然痛くならないのよ~
」と嬉しくて
何度も繰り返し言ったりしていたのです。
そして、先日渋谷に行った時のことです。
久しぶりにおしゃれパンプス
を履いて出かけたのです。
と・こ・ろ・が…
外反母趾が前以上にガンガンと痛むのです。
前からこんなに痛かったのでしょうか?それとも変わらぬ痛みなのでしょうか?
私の可愛い足
は、もう外反母趾用パンプスしか履けなくなったのでしょうか?
それとも沖縄でゴム草履やこのパンプスしか履いていなかったせいでしょうか?
身体も快適さに慣れたのでしょうかねえ![]()
沖縄旅行記4
前回 あずが書いていましたが、
そう言えば私たち、大切な事があるとき・・・ いつも直前に台風が来るような気がします。![]()
宮崎の高千穂神社に行ったときもそうでしたし、今回もそうでした。
行く寸前まで台風が心配で、ちゃんと行くことが出来るのかと
毎度、私たちはハラハラしてしているような気がします。
宮崎へ行った時は、高千穂神社に着くまでは大雨が降っているのですが、![]()
車から出て、いざ行かん!となったときには不思議と雨が上がり光まで射してくるのです。![]()
あのときも、それの繰り返しだったのですが、今回の沖縄旅行もそうでした。
確かに不思議なことってあるものなんですね。
不思議と言えば、もうひとつありました。![]()
『内金城嶽の大あかぎ』を見てからのことですが、
夜、ホテルでお風呂に入っている時のことです。
ふと目をつぶると、ある光景が見えるのです。
昔風の白いブラウスと紺色のつりスカートをはいた13~15歳ぐらいの私が、
息を切らせてハァハァ言いながら汗を拭いています。
あずも一緒だったかも知れません。
どうも、下の方から水を運んで来たみたいです。
この大あかぎの木の所で一休みしている様子が見えるのです。
しばらく休み、汗を拭いて息を整えるとまた、坂を上って水を運んで行くみたいです。![]()
どうも首里城の近くにある何処か?に水を毎日運ぶ任務を負っていたような気がします。
防空壕でもあったのでしょうか?
それ以上は見えなかったので、分からずじまいだったのですが・・・
多分、沖縄の過去世のときの私たちなのだと思います。
不思議ついでにもう一つ、思い切って告白すれば・・・![]()
今回の旅行で、過去世の私たちと現在の私たちがつながったような気がするのです。![]()
前回の沖縄の生では、人生半ば(もっと若かったのですが)で突然勝手に命を絶ってしまった私たち!![]()
本来は、その人生でやる筈の事が残されてしまいました。
それが現在の、大人にちょっとなり過ぎた今の私たちにバトンタッチ出来たような?・・・
上手には説明できないのですが、
美代子とかほるのやり残した人生の『忘れ物』に辿りつけた?
そんな感じが確かにするのです。
もしそれが本当ならば、
勝手に命を絶つことは、断じていけないことなのですね!![]()
生まれる前に自分が設定したこと、決めたことは、
例え、どんな理由があったとしてもリセットすることは出来ない!!
それが自然の掟だからです。
そこがゲームとは違うところなのですね。
私だって、あのとき沖縄の美代子の人生を全うしていれば、
今世のような大変な、辛い出来事を経験しなくても済んだのかも知れないですし。。。
どうせ避けられないのならば辛くても、繰り返すよりは一回ですんだ方がいいですものね![]()
そして沖縄から帰るとき、
今までの『チョッピリ悲しい沖縄』が感じられなくなっていました。
その代わりに、
『素敵なリゾート地 オキナワ』の魅力が私たちの目の前に迫ってきたのです。![]()
今回の旅で、ようやく昭和20年から平成23年へと戻って来れたような気がします。
不思議な夢から二人で覚めたような・・・
今回の沖縄は、私たちの完結の旅だったのだと思います。![]()
![]()
沖縄旅行記3
今回の沖縄への旅の目的は(“も”でしょか
)、
1 のんびりすること
2 ゆったりすること
3 リラックスすること
要するに ホテルの中でダラダラする予定でした![]()
しかし
突然 『内金城嶽 の 大あかぎ』に行くことになったので、一つだけ予定が入ったのでした。
しかも、何故か那覇に着いたその日に 行くはめになったわけです。
何故、その日でなければダメだったのかは翌日からわかりました![]()
晴れたのが、沖縄に着いたその日だけだったのです。
急な坂道を上り下りし、何もない木々の中に行き、
光を浴びてこなければならない私たちには晴れる
というのが、とても大切でした。
だからって、私たちは雨女ではないんですよ。
宮崎に行った時も、台風
が来つつあったのですが、
私たちが外を歩きまわる時はピタっと雨
がやむのです。
今回もそうでした。
外に買い物に行く時は、雨がやみ
、
建物の中で買い物をしたり、お茶を飲んでいるとザーっと
雨がふるのです。
(……??やはり雨女ですか?)また、外に行くと雨がやみます。
もちろん当初予定のホテルでのんびりエステもしてまいりました![]()
酸素カプセルにも入ってみました。
そして、もちろん今後のことや仕事のことも話し合ってきました![]()
ここは、私たちの今世直前の過去世だった沖縄です。
ゆずが不思議なものを見ました。
それは、次回 ゆずから発表しますね。
沖縄旅行記2
親切なJAL那覇シティホテルのお姉さんのお蔭で、
無事私たちは目的の場所に辿りつくことが出来ました。![]()
車を停めた駐車場からは歩いて5分程の所にあるそうなので、
私たちはゆっくりと注意深く辺りを確かめるように歩き始めました。
と言うのも、それまであまりに脳が働かない感じだったり、
あずがナビの画面を確かにピンポイントでキチンと押しているのに、
そことは違った場所が何度も画面に表れたり、
どうしてだか『大あかぎ』の場所を調べようとするとiPodの画面がフリーズしてしまったり・・・
まるで夢の中にいるみたいなのです。![]()
全てが思ったように動かず、もどかしい様な変な感じ・・・
だから、『大あかぎの木』の所に辿りつけても今度は帰れないんじゃないかと、
密かに二人とも気にしていたのです。![]()
![]()
余談になりますが、私たちって普段は何でも話し合っているのですが、
不安や心配なこと、大変なことになればなる程、何故かお互いに口をつぐんでしまう癖があるんです。
辛いときには、お互い顔にも出さずに頑張り続けるんですよね。
そして一段落すると、ようやく「実は・・・」とどちらかが話し始めるんです。
すると一方も「私もそうだった」と告白して笑い合うのがいつものパターン。
結局、心の癖も似ているんですよね、私たちって。![]()
さて、ようやくたどり着いた『大あかぎ』
幸いなことに誰もいなくて私たち二人だけでした。
不思議な静寂感に包まれたその場所は、他の場所とは空気が違っていました。
強いエネルギーのある場所・・・確かに強いパワースポットでした。
別に何がある訳でもなく、自然そのままの中に小さなほこらがあるだけの古い大きな木なのですが、
独特の気が引き締まるような厳かな空気に包まれている場所なのです。
あずは、目をつぶると『2本の銀色の線』が天から降りて来るのが見えたそうです。
しばらく瞑想していると、「もう行きなさい」と言われた気がして私は目を開けました。
ハブも怖いし、(そんな雰囲気の場所なんです)早々に引き上げることにしました。
私たちが帰り始めると、向こうの方から何組かの人たちが歩いてくるのが見えました。
「あー、だからもう帰れ!と言われたのね」と妙な納得をしながら車の所まで戻って来ました。
その後は頭も冴えて?(変な言い方ですが) 何事もなく、無事にホテルまで行くことが出来たのです。
・・・あれはなんだったのでしょう?![]()
頭の焦点が定まらない? 考えがまとまらない・・・
機械も変なことになっちゃうし、ホント夢の世界にいた様な出来事でした。
沖縄旅行記
13時にバスはあるものの、2時間も空港でボーっとする気にはなれません。
「タクシー
だとホテルまでいくらかかります?」とバスのチケット売り場のお兄さんに
聞いてみました。
「1万5千円くらいですよ~
」沖縄風にお読みください。
思わず即答しました。「それはイヤです
」
二人は気付きました。「これは、あの御獄(うたき)に行きなさいということじゃない?」
聞いてみましょう
ペンジュラムに……
答えは、『イエス』です。
というわけで、レンタカーを借りて出発することになりました。
ナビもあるし、i pod touchもあるし、住所はわかっているから大丈夫![]()
本当はホテルのパソコンで調べるつもりでいました。
『近くまできた』とナビが言うので、駐車場を捜し始めました。
ところが…なかなか見つかりません。段々おかしな感じになってきました。
「お腹も空いてきたし、ファミレスみたいなところに落ち着いて調べよう…」
今度はナビでファミレスを捜すのですが、いくら画面をタッチしても違う画面が出てきます。
i pod touch で見てみても画面がフリーズしてしまいます。
とにかくじっと止まっているわけにもいかず、車を走らせ駐車場を捜します。
首里城近くの駐車場に車を入れ、「とりあえず歩いて行こう。」と歩き始めました。
駐車場係の美人のお姉さんに「このあたりにウタキはありますか?」と聞くと、
なあんと…「この辺にはウタキはありません。」とキッパリとした返答。
それでも私たちは、歩き出しました![]()
少し行くと大きな地図の看板。『おー!助かったあ
』
二人でその看板を途方にくれながら見ていました。
そう、途方にくれていたのです。
地図を見てもさっぱりわからないのです。
現在地がどこなのか・どこへ向かって歩いているのか 頭の中がモヤがかかったようで
理解不能の状態なのです。
(誓って地図が読めない人間ではありません。
見知らぬ土地に来たことも初めてなわけでなく、いつも何も困ったことはありません。
第一 私たちは日本人なので日本語を話して聞いたらわかる筈なのです。)
ところが、今回に限り 頭の中が真っ白になり、理解できないのです。
まるで何かに阻まれているようです。夢のなかにいるように前に進めないのです。
心の中で静かに慌てていると、何処からともなく人の良さそうなおじさんが現れました。
「何処に行きたいの~」「おおあかぎの処へ行きたいんですけど…」「あ~それは大分遠いよ~」
と地図で場所を教えてくれました。「歩いたらかなり大変ですか?」「そりゃあ、大変だねえ~」
駐車場に戻り 教えてもらった通りに車で再出発したのですが…
またまた、わからなくなってしまいました。 頭が上手く働かない感じなのです。
二人とも『もう一生辿り着けないかもしれない。』と心の中で静かに思ったくらいです。
すると、
目の前に(正確にいうと、左斜め下でしたが…)JAL那覇シティホテル
が目に入りました。
もう1時過ぎです。「あそこでお昼食べて一休みしない?」とゆず。「そうしましょ。」
これで何とかなりそうな予感が……
サンドイッチとアイスコーヒーを食べて一息。
フロントの素敵なお姉さんに道を尋ねました。
すると ニッコリ「はい
わかりますよ。」と地図を出して説明してくれました。
それが、物凄くわかりやすい地図だったのです。
もう、自分の頭に自信を失っていた私たちは、「この地図頂けるんですか?」
「○つけてもいいかしら?」とか大騒ぎ。
さっそく言われた通りに進んでいくと、 当たり前なのですが、
言われたところにキチンと着いたのです。
こんなことを言いたい程、頭の中は混乱し、訳がわからなくなっていたのです…
何かに導かれてここまで来たのですが、何かに阻まれてもいたのです。
続きは、また明日
ゆずさんにバトンタッチ~
帰って来ました
一昨日、3泊4日の沖縄旅行から帰って来ました。![]()
![]()
私たち一緒での沖縄の旅は、今回で3度目になるんですよ。
思えば、最初の旅は、今世直前の私たちの過去世である、沖縄に生まれた『美代子』と『かほる』
その二人の出身地を知り、2人のエネルギーを取り戻す旅だった気がします。
(ご興味のある方は、ソウルメイト物語『最後のソウルヒストリー[沖縄にて]』をご覧ください)
そして2回目は、スピリチュアルパワーを高め、自分たちの能力を信じる強さをつかむ・・・
分かるようで分からないですよね。![]()
説明するのが難しいのですが、ともかくそんな旅だった気がします。
そして今回は・・・
私たちとしては、あずも申した通りペンジュラムに聞きながら何となく決めた旅でした。
・・・いえ、そのつもりでいたのですが・・・
ホテルも、前回はANAホテルだったので今回はJALにする?みたいなお気軽な感じで、
日航アリビラの滞在に決めたぐらいですから。![]()
ところが!
今回も旅立つ2日前!突然母にあるビジョンが見えたのです。
「今回は海が見えないのよね???
・・・ねぇ、沖縄に大きな古い木がある・・・そんなパワースポットなんてある?
その大きな木の斜め上から神様の光が射していて・・・あなた達、そこへ行かなきゃいけないみたいよ」![]()
そんなことを急に言い出した母。
そんな事、私たちにも分かる筈もなく![]()
(だって私たちは、ただホテルでリラックスしにだけ行くつもりだったのですから)
でも、そんなことを言われたら気にするなと言われても気になりますよね。
という訳で、旅行へ行く前日に2人で本屋へくり出しました。![]()
最初は有名な『斎場御嶽』(せいふぁーうたき)かな?と思ったのですが、どうも違うみたいです。
『内金城嶽』(うちかなぐすくうたき)ってご存知ですか?
『首里金城の大アカギ』とも呼ばれる有名な木らしく、天然記念物にも指定されているそうです。
私たちも母も、どうもここが気になるのです。
私たちの中の何かが「そうだ」と言うのです。不思議なのですが・・・
そうして次の日の早朝、私たちは訳も分からないまま沖縄に向けて出発しました。
ガイドブックも持たず、「iPod Touchがあるからすぐ調べられるわよね
」と言い合いながら。
ゆず「いつ行く?」
あず「ん~、明日?だって着いた日はキツいでしょ?それに事前によく調べなきゃ」
ゆず「そりゃそーよねぇ。明日にしましょ」![]()
そんなことを話しながら飛行機に乗っていたのです。
1年ぶりに降り立った那覇空港は晴れ渡っていて気持ちのいい暑さでした。![]()
早速、アリビラホテル行きのバスのチケットを買いに・・・
それなのに・・・ 始発が13:00だと言うのです。
だって、今はまだ11:00なんですよ![]()
さぁ、困った私たち![]()
![]()
そして、ここからが不思議に導かれて行くことになるのです。
が!
長くなるので、次回のあずへバトンタッチしますね。
(今頃これを読んで焦っているかも
ヨロシクね、あずさん
)









